漁獲戦略に関する用語集
概要
漁業管理における革新的手法として「漁獲戦略(harvest strategy)」が目下注目を集めつつある。この管理手 法における手順の説明に使用されている用語を理解することにより、漁業管理者やその他の利害関係者は 本ツールキットに記載されている方法を効果的に実践できるようになるであろう。本冊子は漁獲戦略におい て用いられる用語の一貫した定義を提示し、漁獲戦略やそれに関連する概念を論じる際に参考にすべき共 通の枠組みを提供するものである。
用語
B:資源量(biomass)。個体群全体または規定された個体群の一部の合計重量。
B0:処女資源量または初期資源量。漁獲が行われる前、または漁獲が行われていない特定の時点で存在すると推定される平均資源量。
BMSY:FMSY に等しい一定の漁獲死亡率で漁を行ったときの長期的平均資源量。最大持続生産量(MSY)を達 成可能な平均資源量。Bmsyはあくまで平均であり、資源の生産性と繁殖成功率には自然変動があるため、 長期的平均がBmsy水準に維持されたとしても、特定時点での資源量はBMSYと異なる可能性がある。
F:漁獲(死亡)係数。ある時点で漁獲されると予想される資源(または年級やその他の定義されたグルー プ)の比率。年間漁獲死亡率は1-e-Fという数式を使って計算され、「e」はオイラー数として知られる数学定数 を意味する。例えば、Fが0.54の場合、0.417、つまり41.7%の資源が毎年漁獲されていることとなる。
F0.1:加入量当たり漁獲量(YPR)曲線における傾きが原点(グラフのX軸とY軸が交わる点)の値の1/10となる 漁獲(死亡)係数。F0.1 は高い加入量当たり漁獲量を維持しつつ、産卵ポテンシャル(FX%を参照)を維持 することができる漁獲死亡率として設定された。10%という値は恣意的なものであり、異なるYPR減少率 でも同じ概念を適用することができるが、FMAX より資源保護に重きを置いた代替値として10%と設定さ れている。
FMAX:最大の加入量当たり漁獲量(YPR)をもたらす漁獲(死亡)係数。この係数は、YPRを最大限にする ものの、必ずしも加入量の減少(加入乱獲)や資源の枯渇を防ぐものとはならない。FMAX が常に持続的 な漁業をもたらすわけではないことから、F0.1が設けられた。
FMED:毎年の新しい加入資源の生存率によって50%の確率で裏付けることができる漁獲(死亡)係数。
FMSY:常に適用されれば長期的に平均してBMSYと最大持続生産量(MSY)を達成できる漁獲(死亡)係数。
FX%:漁獲が行われない場合のX%の最大産卵ポテンシャル(産卵、加入、産卵親魚)を達成する漁獲(死亡)係数。
M:自然死亡係数。総死亡率(F+M)の一部であり、病気や捕食、飢餓といった自然な理由による死亡を指す。
オペレーティング(仮想現実)モデル(operating model: OM):漁獲戦略をテストするために使用される管理 戦略評価(MSE)プロセスの核となる部分。OMはそれぞれの漁獲戦略の効果を測定および比較できるように 漁獲戦略において関連するすべての側面をシュミレーションする。一般的に、OMは資源と生態系の動態、 観察プロセス、評価プロセス、管理決定プロセス、および管理措置の実施を含む。また、各プロセスにおけ る不確実性を考慮に含める。それぞれの漁獲戦略の頑健性をテストするため、様々な想定に基づいた複数の OMが単一のMSEプロセスで使用されることが多い。
トリガー管理基準値:閾管理基準値を参照。
パフォーマンス基準:現在の指標と目標(多くの場合管理基準値)の近接度を判断することで、どれだけ目標が達成されているかを評価するために管理目標を量的に表現したもの。パフォーマンス統計やパフォーマンス指標とも呼ばれる。指標を参照。
リスク:資源崩壊や資源が限界管理基準値(LRP)を下回るなど、漁業において好ましくない結果になる確率。統計学的に表現すると、好ましくない結果になる確率に負の影響をかけた確率になる。
加入(recruitment):成長や回遊により、特定の魚群に各年において新たに加わった魚の量。特定の魚群とは、資源のうち漁獲の対象とされているものを指す場合があり、この場合は漁獲への加入と表現される。特定の魚群とは、漁獲の有無とは関係なくある年齢以上(1歳以上または成魚など)の魚群全体を指す場合もある。
加入乱獲:成魚が増加分を超えて乱獲された結果、資源が減少するときに起こる。資源を回復するための対策を行わなければ資源の枯渇につながる。
加入量当たり漁獲量(yield per recruit: YPR):新しく加入した魚が、一定の漁獲死亡率や選択性の下で 生涯で生産すると予測される量(数や重量など)。
管理基準値(reference points):現在の漁獲管理システムの状況を、望ましい(または望ましくない)状況と 比較するために用いられる指標に関する基準。
管理戦略評価(management strategy evaluation: MSE):事前に指定された管理目標に関する複数の 漁獲戦略のパフォーマンスを評価するために使用される、シミュレーションに基づいた分析の枠組み。
管理方式(Management procedure: MP):漁獲戦略を参照。
管理目標(management objective):資源と漁獲に関し正式に採用された目標。法律、条約、その他同様の 文書においてしばしば表明される高次もしくは概念的な目標を含む。加えて、期限や最小限の達成確率など を伴った具体的で測定可能な実施目標を含む必要がある。漁獲戦略のなかで管理目標が言及される場合は、 上述ののうちの後者(具体的で達成可能な実施目標)のことを指す。
頑健(robust):一定の範囲の不確実性と仮定のなかで望ましいパフォーマンスと結果を確実に達成できる状態。
漁獲管理ルール(harvest control rule: HCR):選択した資源状態の指標に基づいて漁獲量をどのように管理す るかを記述した、事前に合意されたルール。決定ルール(decision rule)とも呼ばれる。
漁獲戦略(harvest strategy):特定の管理目標を達成するために設計された、漁獲管理における意思決定 (漁獲量の決定など)を行うための、事前に合意された枠組み。一般的にはモニタリングプログラム、 資源評価方法、管理基準値(reference points)、および漁獲管理ルール(HCR)で構成される。管理方式 (management procedure)や管理戦略(management strategy)とも呼ばれる。
限界管理基準値(limit reference point: LRP):好ましくない資源状態を定義する指標の基準値。資源状態を 健全に保つためには、LRPを下回る可能性を最低限に抑える必要がある。LPRを下回った場合は、漁獲の停止 など、資源もしくは漁獲を目標レベルまで戻す措置を直ちにとる必要がある。
最大持続生産量(maximum sustainable yield: MSY):既存の環境条件および一定の漁獲死亡率の下で得られ る長期的最大平均生産量。
産卵ポテンシャル率(spawning potential ratio: SPR):漁獲がない場合1尾が生涯に産卵する量と比較して、 特定の漁獲死亡率の下で1尾が生涯に産卵する量の比率。多くの場合、%で表される。例えば、SPR50%とは、 特定の漁獲死亡率の下では、1尾が漁獲がない場合に生涯にわたり産卵する量と比較して、平均して約半分 の量を産卵することを意味する。FX%を参照。
産卵親魚量(spawning stock biomass: SSB):性的に成熟した魚(成魚)の総重量。
指標(indicator):直接的・間接的に拘わらず、資源の状況に関して参考になると考えられる測定値または予 測値。指標は量的な場合も質的な場合もある。ある指標についての好ましい、または好ましくない結果が指定 された場合、その組み合わせは評価指標または評価の尺度として使用することができる。管理目標を達成で きたかどうかを評価するために使用される。 パフォーマンス基準を参照。
条件設定(conditioning):管理戦略評価(Management Stragety Evaluation: MSE)において、利用可能なデー タに即してオペレーティングモデル(operating model: OM)を調整するプロセス。漁獲戦略を検討するうえで 資源や漁業に関する「単一」のシナリオを設定してそれ以外の代替モデルや代替仮説を無視するのではなく、 データや不確実性に関する想定に即するかたちで説得力を有する複数のモデルや仮説がOMを通じて作成 される。
神戸プロット:資源状態、年ごとの資源量の軌跡、または両方を示す4象限のグラフ。横軸に資源量、縦軸に 漁獲(死亡)計数をとる。一般的に軸はそれぞれB=BMSY とF=FMSY を境に分かれており、資源が望ましい水準を 下回っているか(overfished)、乱獲状態にあるか(overfishing)を図で示すことができる。
神戸戦略マトリックス:漁獲可能量(TAC)や漁獲水準等がそれぞれ異なっている管理シナリオの下では、 資源の回復や乱獲の回避といった管理目標がどの程度のパーセンテージで達成できるかを示した表。
成長乱獲:加入量当たり漁獲量を最大限にする前の段階で小さい魚を漁獲すると発生する。
選択性:異なる年級群(サイズ)が特定の漁具もしくは漁船に対して相対的にどれだけ脆弱であるかを測る。
単位努力量当たり漁獲量(CPUE):鉤千本で何匹の魚が釣れたかなど、漁獲単位努力量あたりの漁獲量。 資源量の尺度としてよく用いられる。
不確実性(uncertainty)資源評価や管理基準値及び管理措置の設定に影響を及ぼす諸要素に関する十全 な知見が得られていないことに起因する。漁獲に関する不確実性には主に観察エラー(バイアスのかかった データに起因)、プロセスエラー(自然資源変動に起因)、モデルエラー(不正確な前提またはモデルの構造に 起因)、および実施エラー(管理措置を十分実施できないことに起因)の4種類がある。
目標管理基準値(target reference point: TRP):漁業において達成および維持されるべき目標を示す基準。 限界管理基準値(LRP)を下回らないようにするためのバッファーゾーンとなる。1つ以上の生物学、生態学、 社会学、もしくは経済学的根拠に基づかせることができる。
予防的アプローチ:情報が十分ではない場合でも意思決定により資源へのリスクが最小限に抑えられる ように、意思決定におけるリスクの低減を考慮するよう求める管理哲学。
閾管理基準値(threshold reference point):資源を目標管理基準値(TRP)に近い状態に維持し、限界管理基 準値(LRP)を下回らないようにするために設定される基準値。この基準値を下回ると、予め決められた管理措 置が実施される。一般的には、TRPとLRPの間に設定される。トリガー管理基準値としても知られる。
出典:
International Seafood Sustainability Foundation, Report of the 2015 ISSF Stock Assessment Workshop:Characterizing Uncertainty in Stock Assessment and Management Advice, ISSF Technical Report 2015-06 (2015), http://iss-foundation.org/knowledge-tools/reports/technical-reports/download-info/issf-technical-report-2015-06-2015-issf-stock-assessment-workshop-characterizing-uncertainty-in-stock-assessment-and-management-advice.
A.M. Berger et al., Introduction to Harvest Control Rules for WCPO Tuna Fisheries, WCPFC-SC8-2012/MI-WP-03 (Western and Central Pacific Fisheries Commission, 2012), https://www.wcpfc.int/system/files/MI-WP-03-Intoduction-HCRs-WCPO-Fisheries.pdf.
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