管理目標 (management objectives)
マグロ管理の指針を示す航海図
Tuna regional fisheries management organizations are generally guided by an overarching mandate to maintain populations at or above the level that can produce maximum sustainable yield.
近年、世界のマグロ漁業管理者が従来の資源評価を使った手法(漁獲量に関する長い交渉が必要になる場 合が多い)よりも予測可能で安定した手法を求めて「漁獲戦略(harvest strategy)」(「管理方式(management procedure)」とも言う)を用いるようになってきている。漁獲戦略が効果的であるためには、まず最初に漁業と 資源に関する「管理目標(management objective)」に管理者が同意する必要がある。この合意の後、「管理戦略 評価(management strategy evaluation: MSE)」というプロセスを用い、当該管理目標を達成できる可能性が最 も高い「漁獲管理ルール(harvest control rule)」を選んでゆくことになるからである。
管理目標に対する同意形成は最も困難なステップの一つである。しかし、最初に管理目標を設定しておけば、最終的な漁獲管理ルールの選択が容易となる。漁業に関する法令や条約の目的は概括的なものであることが多い。しかし漁獲戦略を策定するには、目的は有意味かつ具体的で管理者・利害関係当事者(ステークホルダー)・科学者にとって受け入れ可能なものである必要がある。管理目標をどうすべきかについて互いが提案を行い、各々の管理目標案を繰り返しテストすることを通じ、全ての管理者・利害関係当事者・科学者が管理目的についての理解を深めていくことができる。
マグロ地域漁業管理機関(regional fisheries management organizations: RFMOs)では、資源量(バイオマス: 「B」と略される)を最大持続生産量(BMSY )が維持できるレベル以上に保つということを主たる目標としている 場合が多い。漁獲戦略では、この他に漁獲の安定などその他の事項を管理目標に加え、漁業や資源の目指す べき目標とすることも可能である。また、加入乱獲(資源が維持できないほどに成魚が乱獲されてしまうこと)な どといった避けるべき状態も管理目標に加えることができる。
管理措置成功のカギとなる具体的な管理目標の設定
この分野で最先端を行くのがインド洋まぐろ類委員会(Indian Ocean Tuna Commission: IOTC)であり、5つの基本カテゴ リーに分かれた管理目標が設定され、漁獲管理ルール検討の際に用いられている1 。この5つのカテゴリーは、大西洋 や太平洋でもその導入が検討されている。
- 資源状態(status):資源量を神戸プロットの緑色のゾーンで維持できる可能性を最大限にすること (資源量がBmsyを下回らず(not overfished)、漁獲死亡がFmsyを下回らない状態(no overfishing)の維持)。
- 安全性(safety):資源量が限界管理基準値(またはBLIM)を下回る可能性を最小限にすること。
- 漁獲量(yield):あらゆる海域や漁具での漁獲量(または漁獲努力量)を最大にすること。
- 漁獲率(abundance):漁業から得られる収益を増やすため釣獲率をできるだけ大きくすること。
- 安定性(stability):年ごとの漁獲量の変動を最小限に抑えることで漁獲量の安定化を最大限図り、商業上の 不確実性を減少させること。
許容可能なリスクのレベル(acceptable levels of risk)
漁獲戦略の作成で最も重要なプロセスの一つは、今後の漁獲における意思決定の指針となるリスクのレベルを選択することである。管理者は、漁獲管理ルールを評価および選択する際、予防的措置を最も適切に実施できるリスクのレベルを決定する必要がある。このレベルは多くの場合、漁獲管理目標の中に明記される。
リスクは資源の枯渇や限界管理基準値(LRP)を下回ることなど、好ましくない結果になる可能性の観点から設定することができる。逆に、目標管理基準値を達成する可能性や限界管理基準値を下回らないことなど、成功の可能性の観点から設定することもできる。
残念ながら、従来の漁業資源管理ではリスクのレベルは高く設定されていた。例えば、資源回復計画では通常、成功の可能性が50%、高くてもせいぜい60%で良しとされていた。「管理措置を『非常に高い』確率で成功させなければならない」といったように、文言が曖昧な場合も見受けられた。リスクのレベルが数値化されていなかったため、しばしば様々に解釈され政治的な交渉の対象となっていたのだ。
許容可能なリスクレベルの選択は極めて重要な意味を有する。成功の確率が低~中程度でも良しとするリスクに対し寛容な管理では、将来の資源の健全性や漁業が危ぶまれる可能性がある。一方、成功の確率を高く設定するリスク回避型の管理を実施すれば、将来的に豊かな資源と漁業者の繁栄に資するものとなろう。
管理者は、許容可能なリスクのレベルを設定する際、これまでに蓄積された知見やガイドライ ンを参考とし得る。国連公海漁業協定では限界管理基準値を下回るリスクを「非常に低く (very low)」抑え、目標管理基準値を「平均して(on average)」上回るよう求めている。通常、 これを数値で表すとそれぞれ5~10%および50~75%と解釈される。
例えば、オーストラリアと「南極の海洋生物資源の保存に関する委員会(CCAMLR)」での漁獲 戦略に関する方針では、限界管理基準値を下回る確率を10%以下に抑えるよう要求している。 カナダの「予防的アプローチを取り入れた漁業に関する意思決定フレームワーク」では、リス クに関する文言に対して数値を伴った定義が加えられている(「非常に低い」とは「5%以下」 を指す、など)。2 管理者は通常、不確実性が大きい場合、許容可能なリスクのレベルを低めに 設定することとなっている。
ただし、管理目標は以上のカテゴリーに必ずしも限られるものではなく、混獲率を減らす漁具のパフォーマンスなど、漁業に関するその他の目標を反映させることも可能である。加えて漁獲戦略の中には、資源量目標や漁獲死亡率に関する目標や資源回復計画など多様な目標を上記5つの中で最も包括的なカテゴリーである「資源状態」に含めているものもある。
管理目標は、管理システムを適宜評価および修正できるよう、いつまでに達成するかという期限や許容可能なリスクのレベルを含んだ、できる限り具体的かつ測定可能なものである必要がある。とりわけ「状況」及び「安全性」に関する管理目標にはこうしたことが求められる(限界管理基準値を下回る可能性を5%以内にとどめる、10年以内にBMSYまで回復する可能性を75%以上にする、等々)。「高い確率で」や「できるだけ短期に」といった具体的でない表現は解釈のバラつきを生じさせ、明確性を欠き、管理における交渉を複雑にする。
管理目標の中には他の管理目標と二律背反的関係にあるものもある。例えば、漁獲量を最大限にすることと資源が管理基準値を下回る可能性を最小限にすることは互いに相反している。このような場合、管理者は各目標の重要性をよく検討し、最終的な漁獲管理ルールの選択において比較検討を行う必要がでてこよう。漁業は多くの人に食糧、雇用、経済的利益をもたらす一方、こうした利益はその資源の生産性と健全性が保たれて初めて得られるものでもある。したがって、「資源状態」及び「安全性」に関する管理目的を達成できる確率が十分高くなるよう、管理目標の重み付けが行われる必要がある。その他の管理目標は「資源状態」及び「安全性」に関する管理目標を損なうようなことがあってはならない。ウェブ・ダイアグラム(放射グラフ、多基準レーダーチャート、クモの巣図とも呼ばれる)によってMSEプロセスで考慮すべきトレードオフの関係を表すことができる。(図1を参照。)
まとめ
管理目標の設定により漁業の方向性が明確になり、透明性や予測性が増すことで、漁業者は利益を得ることができる。管理目標を数値化すれば、漁獲戦略がどれだけ機能しているか測ることができ、科学者や管理者はプログラムの効果を測ることができる。漁獲戦略プロセスの初期段階で管理目標を導入すれば、当該漁業に対するビジョンを設定し、漁獲戦略の長期的な成功の度合いを測ることができるようになるのである。
巻末の注
- Indian Ocean Tuna Commission, “Report of the 2nd IOTC Management Procedure Dialogue” (April 2015), http://iotc.org/sites/default/files/documents/2015/07/IOTC-2015-MPD02-RE_-_FINAL.pdf.
- Fisheries and Oceans Canada, “A Fishery Decision-Making Framework Incorporating the Precautionary Approach,” last modified March 23, 2009, http://www.dfo-mpo.gc.ca/fm-gp/peches-fisheries/fish-ren-peche/sff-cpd/precaution-eng.htm.