魚の乱獲は、海洋で起こる最大の脅威の1つです。国際連合食糧農業機関 (FAO) は、全世界の漁場に関する
2020年の隔年の報告で、魚種資源の3分の1が乱獲され、その残りの約60%の資源では、さらに増え続ける漁業を持続していくことはできないと指摘しています。違法、無報告、無規制 (IUU) の漁業が行われると、正確な資源の評価ができず、破壊的な漁業活動によって小規模漁業者や沿岸の共同体に害が及びこの脅威が悪化します。経済と食糧の安全保障には重大な相互関係があります。一部の発展途上国では、領海での全漁獲量の30パーセント以上をIUU漁業が占めています。これは往々にして、排他的経済水域内での活動を監視する能力が限られているためです。
IUU漁業の複雑な難題に取り組むには、領海内における漁業活動、漁船がどこへ行ったか、そしてどこで漁獲を行ったかを理解すること、それと同時に、これらの漁船がどのような許可または認可を取得していたかを把握する必要があります。こうしたことを把握するには、漁船の旗国から、それらの漁船が操業する水域の沿岸国、そして漁業資源を水揚げする寄港国に至るまでの、すべての情報の流れが堅実なものでなくてはなりません。事態が複雑な原因には、登録、漁業許可、または船舶の進路 (または水域での移動) へのアクセスなどの重要な情報は、どの政府部門でもほとんど保持されていないことが挙げられます。
数年間にわたって、情報の共有は、IUU漁業防止における必要不可欠な要素として認識されてきました。
FAOの2016年の寄港国措置協定は、専らIUU漁業の脅威に対応し、違法に捕獲された魚類を陸上の流通網に乗せないことを目的とした初めての国際協定ですが、船舶、および漁獲された場所に関する情報の交換が必要です。この条約は現在施行されていますが、その実施は、特に国家間の情報の交換やアクセスに関して遅れをとっています。
2020年に、英国経済事業研究所 (CEBR) は、The Pew Charitable Trustsに委託され、近隣沿岸国間の漁業活動データ共有によると思われる影響をモデル化した研究1を発表しました。その主要な所見は以下の通りです。
船舶の位置、その漁業許可、魚獲場所、所有者の履歴、および以前に違法または有害な方法で漁業をしたかどうかのあらゆるデータを、国家間で情報共有することは、IUU漁業に立ち向かうために非常に重要です。しかしながら、国々が積極的に協力し、情報を適時に共有することを促進するには、経済的負担や相互性の不足を
始めとした課題があります。データを共有することで、実世界で起こりがちな影響を証明するために、CEBRは、共有される情報の量、施行計画、それに技術上、運用上、および制度上の能力の制約など、特定のパラメーターを変えた5つのシナリオを含むエージェントベースモデルを策定しました。
エージェントベースモデルとは、先進的なモデル化アルゴリズムを、漁船または施行当局などのエージェントが活発に相互作用する、いくつかの核心的「法則」と組み合わせたコンピューターシミュレーションです。 使用されるモデル化手法では、予測される動作の変化は無作為となります。そのため、実世界の結果により即したものになります。CEBRのモデルは、船舶の位置、許可、査察、および検挙データの組み合わせを介して、
IUU漁業の発見に特化された情報の共有を中心として構築されます。この情報の流れは、執行当局と漁業者自身の両方の間でシミュレーションされました。この手法により、執行当局の実行能力と、船舶の活動パターンの変化の両方を評価することができます。たとえば、発見および検挙されやすくなると、IUU漁業をすることのリスクは潜在的なメリットを上回り始め、リスクを冒そうとする船舶はより少なくなります。モデルは、傾向を特定するために、それぞれのシナリオで10,000回実行されました。
図2は、調査された5つの核となるシナリオを表しています。これらのシナリオにおける情報共有の分布には以下が挙げられます。情報共有なし、部分的および全体的な情報の一方的 (一方向) 共有、そして部分的および全体的な情報の相互的 (双方向) 共有。部分的情報共有は、個々のIUU漁業活動の発見情報の50%、一方で全体的情報共有は発見の100%と定義されます。
モデル化からの所見の1つの鍵となったのは、近隣国と何らかの情報を共有した国は、その国の水域における
IUU漁業の傾向が減少したという観点から、明確なメリットが生じたことです。この研究では、IUUの傾向は、漁船が違法に操業する性向と定義されています。この傾向の背後にある原則は、例えば速度違反などの運転中の交通違反と比較することができます。常に法律に従うドライバーもいれば、法律違反、もしくは無視しようとするドライバーもいますが、ほとんどの人々はこれら両極の中間に位置し、どのくらい見つかりやすいかや、取り締まりの対象になりそうかによって、その行動は変わっていくものでしょう。モデル化されたすべてのシナリオで、1つの国から他の国への情報の共有は、たとえ見返りに何の情報も得られなくても、発信する側の国にメリットがあることが実証されました。つまり、モデル化では、相互性の欠如を情報共有の障壁と見るべきではないことが証明されています。具体的には、たとえ相互性のない部分的な情報共有でも、生物量が増強され、 IUU漁業が行われる傾向が低くなり、罰金による収入が増加し、漁場における不法捕獲の水揚げ量が減少したという結果が示されました。おそらく、情報が共有されると、IUU違反者が捕まりやすくなることで、行動に変化が起きたのでしょう。
こうした所見に注目すると、沿岸国および寄港国がリーダシップを発揮できる機会が見えてきます。情報を共有すれば、漁業者の行動が前向きに変化し、共有漁場の生産性が向上し、IUU漁業を防止する意志が明示され、海洋ガバナンスを改善できる可能性があります。モデル化によれば、このようなメリットは、近隣国によってすべての情報が共有されれば、飛躍的に倍増する可能性があります。
図3は、情報共有により、この研究で検討された、3つの漁場要素のモデル化に、どのような影響があるかを示す簡易図です。より多くの情報が共有されるほど、生物量 (本研究では全般的な魚類集団と定義) が増加し、IUU漁業が行われにくくなり、違法に漁獲される魚類が減少しました。
モデルのもう1つの重要な所見は、国が取得した情報に基づいて行動する能力と、その能力がIUU漁業活動を企てる者の行動や数に影響することとの関係です。
CEBRモデルにおける前提の1つは、何も執行措置がなければ、より多くの漁業者がIUUの方法で漁業を行う態勢になるということです。すなわち、予期されることは、モデルの結果は、違法または持続可能性がない方法による漁業は、発見または制裁のリスクが低い場合に高くなる傾向を示しています。しかしながら、モデルでは、 IUU漁業の防止に十分な影響を及ぼすには、情報を発信する能力とデータに基づいて行動する能力が結び付く必要があることが実証されています。
発展途上国は、往々にして、自国が責任を負う沿岸水域を包括的に監視し、魚類が水揚げされ、流通網に投入される際の陸上の活動の効果的な取り締まりを連係して行う能力が限られています。能力の不足は、傾向として、次の3つのカテゴリーに分類されます。
このような能力を発展途上国で構築する必要性を認識することにより、数々の条約で能力向上のための条項が盛り込まれるようになります。たとえば、寄港国措置協定の締約国には、合意を実施するために発展途上国援助の基金を割り当てることが要求されます (第6部、第21条、第4項)。これらの基金は、寄港国措置を発展させるため、監視、管理、監督能力の拡張のため、港湾長、監査官、および執行要員の訓練のため、そして港湾管理向上に関連する、他のいくつかの活動のために使用されます。このモデルでは、発展途上国の技術上、運用上、および制度上の能力を向上させる一助として、このような条項が重要である理由、および努力を続ける必要がある理由が示されてます。
研究結果では、情報共有により、どのようにIUU漁業が発見しやすくなり、それに伴って港に水揚げされる違法な漁獲を減少できるかが実証されます。情報共有により、違法に操業する誘惑に駆られるかも知れない漁船へのリスクが高まり、見逃されない環境になることが証明されてきました。研究の結果、1つの国が、他の国での発見されたIUU漁業の半分でも気付くようになれば、どちらの国でもより発見され易くなることが判明しています。図5は、情報が、港での水揚げに影響を及ぼすことができることを示します。たとえ、一方通行の部分的情報共有であっても、港で水揚げされる違法漁獲量の相対的配分の、ほぼ50%が減少します。この傾向は、より多くの情報が一方的および相互的に共有されるほど継続します。
IUUの発見が増加し、違法な漁獲が港に水揚げされる配分が減少することを示すだけでなく、モデルでは、
IUUの傾向と生物量に関連する、特筆すべき傾向が示されました (図6)。IUU漁業と漁場の健全性の間には、当然関連があります。モデル化されたそれぞれのシナリオで、潜在的な違法操業が減少する場合は、それに関連する生物量が増加します。これは、おそらく、情報共有のおかげで当局が持続可能な漁獲割当量などの措置を確立し、施行したことによって、漁場をより適切に管理できるようになったからです。すべての発見情報が両国間で共有されれば、関連性は最も強固なものとなります。
生物量の結果を解釈する際には、エージェントベースモデルの目的が、規制の枠組みを変更した場合に生じる一般的な行動パターンや起こりうる結果を特定することであることを認識しておくことが重要です。これは、特定の生態系または漁場のシミュレーションではありませんが、情報共有と、モデル化された漁場の健全性には、明らかに有益な関連があります。こうした成果は、おそらく、漁獲圧力が低下したことによって漁場の健全性が回復でき、割り当て量へのコンプライアンスや監視体制が向上したことによるものです。
適時に情報を共有し、それに続く行動のおかげで、沿岸国と寄港国ではIUU漁業が減少し、漁場の健全性を向上させる機会が設けられます。漁場の監視および統制があることで、放置すれば魚種資源に不要な圧力や負荷をかける悪徳業者を一掃する一助となります。
海洋の健全性は、IUU漁業、漁場管理者の深刻化する課題、歪曲した資源評価によって脅かされ、特に発展途上国において、漁業に依存する経済を阻害しています。長年にわたり、全世界の漁場の持続可能な管理に責任を負う人々は、船舶の位置、帰属、認可、および漁獲記録の詳細を含む、情報共有の力を、魚の乱獲やIUU 漁業を防止ための強力なツールとして認識してきました。それを知りながら、相互に共有できる情報を保持する人々は、口をつぐみ続けてきました。CEBRでは、動的モデル化を使用して、たとえ相互的でなくても、このようなデータを共有する国々に多大な利益があることが実証されました。また、CEBRの働きにより、すべての国々が技術上、運用上、および制度上の十分な能力を備えることにより、そのデータに基づいて確実に行動を起こせるようになります。情報を共有することで、海洋の健全性を維持することに役立ち、IUU漁業を減少させる
ことができ、より適切に資源管理ができるようになり、持続可能な漁場、食糧および経済の安全保障を確保できます。