従来の漁獲管理は2段階のプロセスによって構成される。まず、科学者が資源評価を行い、次に、漁業管理者達が資源(漁獲対象となる魚)が最適かつ持続可能なかたちで利用されるよう、漁獲枠、禁漁期及び禁漁海域などを協議する。このアプローチは十分シンプルに見えるかも知れないが、決してそうではない。
魚の生態についての不十分な知識、不完全な漁獲データ、自然変動、魚の数を数えるモデルの使用に伴い起こる問題など、資源評価は不確実性を伴う場合が多い(サイドバーを参照)。つまり、資源評価ごとに結果が大きく異なる場合があるのである。科学者は自らが行った評価に基づいて管理者に助言するよう求められるが、こうした不確実性により、助言が曖昧になったり、管理措置の選択肢の幅が広くなってしまうことがある。
マグロの漁業管理機関の多くは科学的助言や予防的アプローチに従うとしているが、管理における意思決定に役立つ明確な枠組みがないため、協議はたいてい難航し、時間がかかるうえに費用もかさんでしまう。
これに対し、「漁獲戦略(harvest strategy)」または「管理方式(management procedure)」と呼ばれる アプローチが新しい漁獲管理手法として注目を集めつつある。漁獲戦略では、モニタリング・プログラムや 管理基準値などの既存ツールを統合し、すべてをひとまとめにすることで、管理者が魚や漁獲に関してとり 得る最も良い方策の選択を行うことができるようにされている。
漁獲戦略とは、漁業管理における意思決定(漁獲枠の設定など)を行うための、予め合意された枠組みのこと である。漁業管理機関により定義や表現は微妙に異なるが、含まれる要素はどれも同じである。一般的にはモ ニタリングプログラム、資源評価方法、管理基準値(またはその他の漁獲指標)、および漁獲管理ルールから構 成されるが1 、多数の要素があるため、考えられ得る漁獲戦略の数は無限に存在する。シミュレーションツール に基づく手順である管理戦略評価(management strategy evaluation: MSE)では漁獲戦略の開発プロセスの指 針として様々な戦略のパフォーマンスの比較が行われる。
漁獲戦略では4つの構成要素の関係が規定されており、フィードバックループ構造になっている。モニタリングプログラムのデータは資源評価に供される。資源評価では、規定された管理基準値と比較して漁業の状態がどうであるかが評価される。資源評価の結果に基づき漁獲管理ルールが作動し、事前に決められた管理目標を達成するように管理措置が変更される。そしてモニタリングプログラムにより新しい措置の効果が記録され、その効果を資源評価により査定するというサイクルが繰り返される。
資源評価方法は必ずしもすべての基準や複雑な評価モデルに基づいている必要はなく、漁業における漁獲率を推定する方法の一つである単位努力量当たり漁獲量(CPUE)のみでも構わない。また、管理措置は漁獲制限のみに限られる必要はない。漁獲戦略も漁獲努力量の制限や禁漁期・禁漁海域指定も含まれ得る。管理戦略評価の過程において有用であれば上記のもののなかに含まれることになる。
効果的な漁獲戦略で実現されること:
マグロ漁業の管理者は通常、マグロ資源を最大持続生産量(BMSY)を維持できる水準以上に保つことを目標にしている。しかしながら、漁獲戦略の策定においては、管理目標の形式はこれとはやや異なる。管理目標をより具体的で測定可能なものにし、多くの場合目標を複数設定するからである。例えば、漁獲量の最大化、漁獲枠の安定、利潤、資源回復に要する期間の短さ、BMSY(最大持続生産量を生産するための資源量)以上の資源量の確保、FMSY(資源と漁獲の状態を示す神戸プロットにおいて緑の領域で表されたもの)以下の漁獲率など、ひとつの資源に対して複数の管理目標が設定され得る。ある目標が他の目標より重要であると見なされる場合、管理者はそれに対して重み付けをする場合もある。例えば、短期的には漁獲枠を低く抑える必要があるとしても、資源の迅速な回復を優先的な管理目標とする場合もあり得る。
漁獲戦略の開発の全ての段階で、管理目標をどれだけ達成することができるかという観点から検討が加えられるため、管理目標の設定は漁獲戦略開発における最初の重要なステップということになる。
管理基準値は、漁獲管理制度の現状と望ましい(もしくは望ましくない)状況とを比較するための指標で ある。管理目標と併せ用いることで、管理目標達成までどれほどの進展が見られたかを評価することが できる。主として2種類の管理基準値がある。限界管理基準値(limit reference point: LRP、またはBlim およびFlim)と目標管理基準値(target reference point: TRP、またはBTARGETおよびFTARGET)の2つで、漁獲死 亡率(例えばFX%)またはBMSYなどの資源量に基づく場合が多い。
限界管理基準値(LRP)は、これを下回ると漁業はもはや持続的ではない危険水域に入る一線を示すもので ある。この一線を下回らないようにするべきであるが、下回らざるを得ない場合、資源量や漁獲率を目標レ ベルまで回復させる措置を直ちにとる必要がある。資源回復計画ではLRPを最低限の資源回復目標とする よう考える必要がある。2 LRPは資源状態と漁獲圧力からの回復力にのみ基づくものでなければならない。 経済的要因をここで考慮に含めるべきではない。
目標管理基準値(TRP)は理想的な漁獲状況を定義するもので、資源は高確率でこの値に近くなるように 管理されるべきである。資源評価や漁業資源管理には未知の点や不確実な点がどうしても付随する。 このためTRPを設定し、資源がLRPを下回らないようするためのバッファーゾーンを設定するのである。 漁獲量がTRP近辺で推移し、平均するとTRPを超えないようにする必要がある。3 限界管理基準値の設定と は違い、TRPに関しては資源状態だけでなく、生態的、社会的、経済的側面を考慮に入れて設定しても構 わない。
重要なことは、目標管理基準値も限界管理基準値も不確実性が大きなものであればあるほど慎重に設定する必要があるということである。不確実性が高い場合やモニタリングプログラムが包括的なものではない場合は、LRPとの間をさらに広げてTRPを設定し、資源がLRPを下回らないようにより大きなバッファーゾーンを確保する必要がある。
水産学は、その性質上、様々なレベルの不確実性を抱えている。管理者はこうした不確実性を可能な限り最小限に抑えつつ、なおも残った不確実性によりどのような影響が生じるかを把握しようと試みる。不確実性に起因するこのような影響を防ぐように管理システムを設計することができる。
すべての不確実性が同じように形成されるわけではない。水産学者が通常考慮する不確実性は以下の4点である。
不確実性が大きくなればなるほど、所期の管理目標を達成できなくなる可能性が高くなる。したがって漁獲規制の決定に際してはより予防的な措置が必要となってくる。
「決定ルール(decision rule)」とも呼ばれる漁獲決定ルール(HCR)は、資源状態・経済状況・環境状態の変 化をトリガーとして、資源管理上どのようなことを行うのかを、予め合意したルールのセットを意味する。これら のトリガーは、管理基準値のみである場合もあれば、そうでない場合もある。例えば、多くの場合、目標管理基 準値(TRP)が最初のトリガーとして設定される。HCRでは資源がTRPを下回った場合には自動的に管理措置を 実施するよう規定され、資源が限界管理基準値(LRP)をも下回ることがないようにしている。漁獲戦略の評価 が単にCPUEに基づくものである場合は、HCRのトリガーは、管理基準値ではなく、CPUEそのもののしきい値で ある場合がある。また、生物学的な管理基準値に加え、経済指標またはその他の指標がトリガーになる場合も ある。
漁獲管理ルールは管理者により選択、実施されるが、十全な科学的根拠に基づき、かつ関係ステークホルダーからの意見聴取を行った上でこれらにも基づき決定される。これらのルールはこれからの漁獲を管理するうえで明確な枠組みを提供するものであり、管理プロセスの予測可能性と透明性を高める。加えて、漁獲管理のプロセスを簡素化することを通じ、より効率的かつ効果の高い管理を実施することが可能となる。
管理戦略評価(MSE)とは、シミュレーションツールを使用してどの漁獲戦略が最も良いパフォーマンスを発揮するかを評価するプロセスを指す。MSEでは資源や環境の不確実性を考慮しつつ、漁獲戦略の候補のうちのどれが所定の管理目標を達成できる可能性が高いかが評価される。つまり、MSEでは様々な漁獲管理策の候補を実際に行った場合どのような結果になるかの検証が行われる。この検証過程において、種々の漁獲管理策における管理目標間のトレードオフ関係を明らかすることができる。これは様々な管理目標の優先度を精査することにつながり、どの管理目標にもっと重きを置くべきかという判断の助けになる。MSEは、漁獲戦略を作成し、同意に至るうえでの根幹であると言えよう。
MSEでは「オぺレーティング(仮想現実)モデル(OM)」というツールを用いてシミュレーションが行われる。オペレーティングモデルは漁獲規制及びその実施、モニタリングプログラム、漁業が当該海域の生態系に与える影響をそのシミュレーションに組み込んでいる。従来の管理手法とは異なり、MSEは魚と漁業に関する最新の仮説を幅広く取り入れ、科学的分析を通してこれらの仮説のうち可能性の高いものはどれかと比較検討を行うことで、不確実性に対する配慮を組み込んでいる。
MSEではどの不確実性が結果に最も大きな影響を与えるかの特定が行われる。こうして管理に際してどの部分の知見が不足しているかが明らかとなるので、管理戦略評価は科学調査の優先度を同定するうえでも役に立つツールとなる。ともあれ、MSEプロセスの主な機能は、予め合意された管理目標を満たす可能性の高い漁獲戦略候補はどれなのかを、幅広いシナリオでシミュレーションし、比較することである。比較はシンプルなパフォーマンス指標に基づいて行われる。例えば、資源量が特定の管理基準値を何年下回った状態になるかがシミュレーションで評価が行われる。
MSEは科学者、管理者、ステークホルダーから成るチームによって行われる。科学者がモデリングを行う一方、 管理者は様々な政策判断を行う必要がある(フローチャート参照)。例えば、管理者は管理目標と「許容可能な リスクのレベル(acceptable levels of risk)」を決定しなければならない。許容可能なリスクは、資源がLRPを下 回った状態になるといった好ましくない結果になる可能性を数値化したものである。許容可能なリスクは費用 便益分析に基づいて選択される。不確実性が大きい場合、許容可能なリスクは低くする必要がある。
管理戦略評価の過程は多段階にわたり繰り返し行われることから、管理戦略評価の結果に対して合意を得るためには当事者間の緊密なコミュニケーションが必要不可欠となる。
正しく設計されるならば、漁獲戦略は魚にも漁業者にも利益をもたらす。こうしたツールの有効性に鑑み、全ての国際マグロ漁業管理機関ではそれぞれの漁業に適した漁獲戦略を作成しつつあるか、またはすでに導入している。どの管理機関も他の機関で行われた作業を見習ったりを利用したり補足したりすることを通じて、漁獲戦略策定過程で学んだ数々の教訓から学ぶことができる。
MSEを行い最終的な漁獲戦略を決定するには多くの時間と労力が必要となる。しかしながら、こうした漁獲戦略が既に実行に移されている事例では、こうした漁獲戦略策定のための初期投資は極めて短期間のうちに回収できたことが明らかとなっている。予防的アプローチとしての漁獲戦略を効果的な履行監視措置と組み合わせることで、枯渇した資源が再生し、長期的に持続可能で利益を生み出す漁業が可能となるのである。